「老後の不安」は神様からのプレゼント?ネガティブを希望に変える逆転の発想

30代。老後の不安?正直、「ろ」の字も出てこないフェーズでした。20代で結婚した友達は、すっかり「お母さん」。そんな彼女たちを横目に、私が感じていたのは老後への恐怖ではなく、「ときめきの枯渇」への切なさでした。「昔のように、人を好きになるってどうやるんだっけ?」いいなと思える人は既婚者か、そもそも出会いすら皆無。

あなたはそもそも、人を好きになりにくいタイプ?それとも、いつも誰かに恋をしていたい恋愛体質?当時の私は、後者でした。それなのに、29歳で結婚を約束していた彼に、こっぴどく振られたのです。「もういい、一生一人で生きてやる!そのために手に職じゃーーー!!」悲しみを怒りに変え、鼻息荒く「夜叉」のごとく仕事モードへ突入。この時の「失恋の痛み」という負のエネルギーこそが、私の30代を突き動かす最初のリブランディングになったのです。

40代。老後の不安?まだ先の話でしょ。自分より両親の老後が先だよ、というフェーズ。30代の「夜叉」を経て、私は自由を手に入れました。時間もお金もすべて自分の手の中。何の過不足もない、贅沢な独身貴族の日常です。預貯金が少し心許なくても、「まだ積み上げる時間の猶予はある」と、今この瞬間の経験値や体験を満喫していました。けれど、鏡の中の自分は嘘をつけません。30代の頃のように20代と張り合えるはずもなく、世間的には立派な「おばさん」。なのに、心の中だけは新卒から地続きの「若者の自分」が居座っている——そのギャップに、ふと戸惑う夜が増えていきました。「あれ、この洋服が似合わない……」「食べ過ぎた翌日、セーブしても体重が戻らない」「寝ても疲れが取れにくい……」そろりそろりと、確実に。「老い」という足音が、背後から聞こえ始めたのです。それでもまだ、私はこの「自由という名の凪」が永遠に続くと先延ばしが得意な能天気な女でした。

そして、50代。老後の不安が、「他人事」から「生存の危機」へ。50代の扉を開けた途端、体調は坂道を転げ落ちるように「グレードダウン」のオンパレード。疲れが取れない、痩せない、更年期。老眼で見えない、白髪が止まらない。ほうれい線、たるみ、黄ぐすみ……。1年と言わず、半年ごとに鏡の中の自分が知らない誰かに変わっていく。おそろしや。毎日どこかが不調で、仕事に行くのにも「気合」というドーピングが必要な日々。そこへ追い打ちをかけたのが、暗黒のコロナ禍でした。個人事業主だった私の収入は途絶え、慣れない手続きを必死にこなし、ただ生きながらえる日々。けれど、誰にも会えない静まり返った時間の中で、私はこれまでにないほど強く感じたのです。「生きている今が、とてつもなく愛おしい。世界はこんなに美しかったのか」何でもない日常の尊さに気づいた時、私の心に小さな、けれど消えない火が灯りました。これからの人生を「余白」として、笑顔で豊かに過ごせるパートナーを見つけよう。自立した大人同士、疲れた時にそっと肩を貸し合える相手を探そう。「老後の不安しかない!」
そう絶望していたあの日々。でも、今ならはっきりと言えるんです。あの暗黒のコロナ禍は、私にとって最悪の出来事ではなく、
人生を最高に輝かせるための「リブランディング(再構築)」のチャンスだったのだと。

一人で夜叉のように働き、重い荷物を背負い続けてきた「自立」という張りつめた気持ち。
それを一度下ろして、「誰かと支え合い、余白を愛しむ」という新しい自分に、定義し直す。

不安という強烈な刺激がなければ、ただ時をやり過ごすだけだったかもしれません。
「50代からの私」を、もっと自由に、もっと心のままにデザインし直す。

その決意が、0.1%の奇跡へと繋がる最初のステップになったのです。

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